第2章 合併に対する基本的な考え方等

2015年2月16日

○ 前章においては、今後の地域づくりの理念を3つの柱に整理したところであるが、この章は、現在、全国で大きな話題となっている市町村合併に対する当町の基本となるべき考え方を当委員会として取りまとめたものである。
○ 序章で述べたとおり、合併は、地域づくりの枠組みを考える上での方法論の1つに過ぎないものであり、ここでは、前章で示した「地域づくりの理念」を体現していける方法として合併が適当か否かを判断している。
○ 当委員会では、前章の理念を踏まえた今後の住田の地域づくりを考えていく上で、合併には方法論として様々な疑問点があり、むしろ住田が理想とする地域づくりの「足かせ」にさえなりかねないとし、当面、現行の住田町で自立・持続していくことを方法論として選択していくべきである、との結論を出した。
○ 以下、第1節で住田の地域づくりの理念を前提とした場合の方法論としての合併に対する疑問点を「合併推進に対する対抗視点」として掲げている。また、この節では本レポートの中間素案以降に出され各方面で議論になっているいわゆる「西尾私案」と「遠野市広域行政研究会報告書」に対する当委員会の見解も併せて示している。
○ 次に、現行の住田町で自立・持続していくことを方法論として選択した場合でも、これまでにない、あるいはこれまで以上の様々な努力・能力・連携がない場合には、今後の地域づくりは成り立たないものと考え、その条件を第2節に示した。
○ なお、研究対象となった合併の想定は、県の指針にある気仙2市1町の広域合併(以下「(仮称)気仙市」という。)である。

 

1 地域づくり理念(第1章)等を踏まえた合併推進に対する対抗視点

(1)個性的な地域づくりの基礎となってきた現在の体制・規模を壊すことへの疑問

○ 住田町は昭和30年4月の世田米町、下有住村、上有住村の1町2村の合併以来50年近く地域の連帯感と相互扶助の精神を基礎に、住民と行政との協働を図りつつ「目が届く・手が届く・顔が見える」きめ細かな行政対応を行ってきた。
○ その中で様々な特色ある地域づくりが行われてきており、町全体で序々にその自信を深めてきている。
○ そして、この地域づくりの基礎となってきた、現行の町の規模・体制や対応は深く町民の間に浸透してきており、協働・参画の住民意志を受けとめている。
○ また、このような地域づくりの基礎となってきた現行の町の体制・規模は地方分権が進んでいく中、進取の気風を醸成していく体制を整えつつ住民の協働・参画をさらに働きかけることにより、住田町の地域づくりの理念や本来の自治を体現できるものとしてさらに発展していける要素も兼ね備えている。
○ 以上のことから、今まで培ってきた協働・参画の町づくりの基礎となっている現在の体制・規模等を根本的に覆すことになる合併の推進は、今後の地域づくりを考えたとき疑問を持たざるを得ない。

 

(2)効率化のみを論ずることへの疑問

○ 国・地方自治体とも財政状況が厳しい中、効率的な行財政運営を展開していくことは全ての自治体にとって重要課題であり、住田町においても積極的に診療所の廃止、小学校の統合、幼稚園と保育所の一元化、職員数の削減、職員給与の抑制など、行財政の効率化(改革)を進めているところである。
○ しかしながら、自治体運営の効率化を論ずる際、人口密度が低く集落が点在している農山村は、市街化形成している都市部に比べ行政効率が低くなるのは当然であり、都市部と農山村を効率上同列で扱うことに無理がある。
○ また、一部で農山村の自主財源の少なさを指摘し、農山村の努力が足りないと批判をする向きもあるが、農山村では低所得の中でも、中山間地域で頑張って生活している農林業者の割合が高いことから派生してきているものであり、多くの会社やサラリーマン所得を一般財源の中心としている都市部との比較自体に無理がある。
○ まして、住民のニーズや価値観が多様化してきている中、住民にとって、「自治体として効率的になること」と「地域としての豊かさ」は同一の問題ではない。
○ さらに、現在の合併の議論の中では、国の合併支援プランなどを背景に、合併しなければ幹線道路、下水道など基礎的社会資本整備が遅れるといった疑念を住民に抱かせているが、基礎的社会資本は住民の健康で文化的な生活や産業基盤の基礎を保障するため、合併や効率云々以前の問題として国の責任において整備すべきものである。
○ また、農山村は生活・産業の場であるとともに、国土保全・環境保全・水源涵養など都市にはない多面的な機能を担っている。都市があり、農山村があって豊かな国土が保たれていることを忘れてはならない。
○ 以上のような、都市部と農山村との相違点や多様な国土の必要性を理解せずに行財政の効率化のみで合併推進を論議すること自体、疑問を抱かざるを得ない。

 

(3)特性の異なる地域と合併することのへの疑問

○ 住田町では、別表(第1表、第2表、第3表)のとおり気仙地域でも農林業が産業の基軸となっているという特徴があり、この個性を踏まえた地域づくりを推進していく必要がある。
○ このことは、総合発展計画アンケート結果でも別表(第4表)のとおり「本町の産業や経済が発展していくためには農林業に力をいれるべき」と69%の方が回答し、気仙地域の他の市町とは極めて異なった傾向を示していることにも如実に表れている。
○ このような状況から考えれば、住田地域のために住田地域の意志により、住田地域の財産(収入)を新住田型農業、新住田型林業等の住田地域の特性を活かした具体的施策に投資して行っていくことが必要であり、合併して(仮称)気仙市となっては市の持つ多種多様な個性・特性の中、これまで住田で培ってきた特性が埋没し、独自性が発揮できなくなることが懸念される。

 

第1表  管内市町村内純生産
(( )は構成比、単位:百万円・%)
平成12年度
 大船渡市陸前高田市住田町旧三陸町
第一次産業 (2.1)
2,350
(5.7)
2,814
(10.5)
1,649
(17.3)
2,991
第二次産業 (36.5)
40,392
(30.0)
14,724
(38.4)
6,038
(24.7)
4,262
第三次産業 (61.4)
68,067
(64.2)
31,511
(51.1)
8,020
(58.0)
10,007
合計 (100.0)
110,809
(100.0)
49,049
(100.0)
15,707
(100.0)
17,260

資料:12年度岩手県の市町村民所得推計の概要

 

第2表  管内第一次産業内訳
(( )は構成比、単位:百万円・%)
平成11年度
 大船渡市陸前高田市住田町旧三陸町
農業 (24.8)
751
(27.2)
978
(83.8)
1,704
(4.5)
173
林業 (8.1)
244
(6.8)
246
(9.2)
187
(6.0)
231
水産業 (67.1)
2,035
(66.0)
2,373
(7.0)
143
(89.5)
3,434
合計 (100.0)
3,030
(100.0)
3,597
(100.0)
2,034
(100.0)
3,838

資料:11年度岩手県の市町村民所得

 

第3表  管内一人当たり農業産出額 (単位:千円・人)
 農業産出額農家人口生産農業所得農家一戸当たり
生産農業所得
農業専従者換算一人
当たり生産農業所得
大船渡市 1,590,000 4,277 41,000 423 786
陸前高田市 2,080,000 8,903 73,000 359 561
住田町 5,680,000 4,002 135,000 1,384 1,587
旧三陸町 290,000 2,178 11,000 221 341

資料:12年度岩手県農林水産統計

 

第4表
問14 あたなは、町の産業、経済が発展していくためには、特に、どの部門の産業に力を入れていくことが大切だと思いますか。
(2つまで選択)
 住田町県民(気仙)
1.農業 750 41.9 1,660 41.4 43 17.8
2.林業 484 27.1 227 5.7 16 6.6
(水産業)     505 12.6 126 52.3
3.工業 401 22.4 1,195 29.8 66 27.4
4.商業 264 14.8 1,452 36.2 49 20.3
5.サービス業 222 12.4 808 20.1 36 14.9
6.観光 345 19.3 1,744 43.5 130 53.9
7.その他 35 2.0 96 2.4 4 1.7
8.わからない 305 17.1 108 2.7 3 1.2
無回答 127 7.1
合計 2,933 164.0 7,795 194.2 473 196.3

【コメント】

  • 全県では、「観光」「農業」「商業」「工業」「サービス業」「水産業」の順である。
  • 管内では、「観光」「水産業」「工業」「商業」「農業」「サービス業」の順である。
  • 本町の場合は、「農業」「林業」「工業」「観光」「商業」「サービス業」の順である。

資料:総合発展計画アンケート

○ 以上のとおり、「気仙は1つ」といっても住田には「海がない」、「農林業中心」という他の地域と極めて異なった特性があり、今後の地域づくりや産業振興を考えたとき、異なる特性を持つ地域との合併を推進すること自体、疑問を持たざるを得ない。

 

(4)都市の周辺部より独立農山村を目指す

○ 大船渡市、陸前高田市を見ると日頃市町や矢作町など昭和の大合併により都市に編入された周辺部農山村は、人口減(参考:第7表)などの面で衰退が目立っており、他の地域においても都市に編入された農山村は同様の状況となっている。
○ 合併(仮称)気仙市を想定した場合、農山村である住田地域は、大船渡市における日頃市地区や陸前高田市における矢作地区と同じ都市周辺部に置かれることになり、住田地域として十分特徴を生かせなくなる懸念を抱かざるを得ない。
○ 例えば、(仮称)気仙市として合併した場合、過去の合併例から想定すると現在の「役場」は予算要求権、人事権のない「支所」となり事務職員の大半が異動せざるを得ない状況に置かれる。(参考:第8表)
○ また、役場は地域産業の1つの核であり、役場がなくなることによって役場周辺の商業、サービス業をはじめとする事業者は大きな打撃を受けると想定され、また役場は、地域の特色を活かした地域づくりの総合調整役・頭脳(シンクタンク)でもあることから、町の中心としての役場の欠落は地域として大きな損失となりうるものである。
○ 地域への投資面から考えても、現在、投資されている行政経費(一般会計)は平成12年度決算で約52億円であるが、(仮称)気仙市として合併した場合の住田地域に対する投資額は人口割換算で約33億円程度と想定され減少する。
○ また、地域の個性を背景とした地域の声を制度的に反映させる大きな手段である議会の議員数は、合併後の(仮称)気仙市においては、住田地域の人口割換算で考えると現行18人から3人前後へと大幅に減少するものと想定され地域意見反映の機会は大きく狭まる。
○ これらのことを鑑みても、合併した場合、地域の衰退の懸念が高く、住田町は都市の周辺部になるより個性ある農山村として努力していくことの方が当面の目標としては望ましいと考えられる。

 

第5表  管内少子・高齢化率等(単位:%、人)
 高齢化率年少人口率乳児出生数
大船渡市 22.1 15.3 313
陸前高田市 26.0 14.3 200
住田町 33.1 12.0 40
旧三陸町 26.1 13.4 51

資料:12国勢調査

 

第6表  管内人口・面積等(単位:km2、人、世帯)
 面積人口人口密度世帯数
大船渡市 186.07 36,296 195.1 12,148
陸前高田市 232.27 25,544 110.0 7,974
住田町 334.83 7,216 21.6 2,224
旧三陸町 137.13 8,466 61.7 2,494
合計 890.30 77,522 87.1 24,840

資料:13年岩手県人口移動報告年報

 

第7表  合併時・現在人口増減比較表(単位:人、%)
 合併時人口現在人口人口増加率 合併時人口現在人口人口増加率
大船渡市 31,597 36,570 15.7 旧日頃市村 3,378 2,281 △ 29.5
陸前高田市 32,833 25,676 △ 21.8 旧矢作村 4,046 2,093 △ 48.3
北上市 82,902 91,501 10.4 旧和賀町 15,140 14,545 △  3.9

資料:国勢調査

 

第8表  合併時本庁舎在籍職員増減比較表(単位:人、%)
 合併時役場本庁職員数現在役場支所職員数減少率
旧三陸町 81 43 △ 46.9
旧和賀町 107 79 △ 26.2

資料:14総務課調

 

(5)持続可能な財政状況

○ 三陸町が大船渡市との編入合併に至った大きな要因の1つには、三陸町の経常収支比率が県内ワースト1となるなど極めて厳しい財政状況にあったことは周知のとおりである。
○ これに対し、住田町の財政状況は行財政運営に係る先達の努力や住民の理解を得ながら華美な施設等の建設を極力抑えてきた結果、比較的健全な状況にある。(参考:第9表)
○ 国は、市町村に配分する地方交付税を今まで人口数の少ないところに配慮してきた段階補正の率を引き下げるなど、その抑制を図っている。
○ このことから、自主財源が乏しく、歳入総額の多くを地方交付税に依存している本町にとってはより一層厳しい財政環境になってきているが、これまで以上に施策の重点化、効率化及び行政改革をしていくことで、当面は住田町として自立・持続していけるだけの財政状況にあると判断される。
○ また、本町は町民全体の財産として、気仙スギを中心とした国内最大規模の町有林を有しているという、他の市町村にはない大きな特徴がある。(参考:第10表)
○ なお、現在の市町村合併をめぐる議論においては、は合併特例債による公共施設の整備がその中心にすらなっているきらいがあるが、財政状況が厳しい中においては、全ての市町村において施設等の維持も含め、その必要性を厳選すべきものであり、本町においても事業の必要性を十二分に吟味したうえで、合併特例債と同様の支援がある過疎対策事業債や県代行制度等を効果的に活用していくべきものと考える。(合併特例と過疎特例の比較については資料の表を参照)

 

第9表  管内財政状況(単位:%、百万円)
 経常収支比率公債費比率起債制限比率自主財源比率一般財源比率積立金現在高地方債現在高
大船渡市 82.9 14.4 11.5 40.8 72.5 2,017 10,839
陸前高田市 79.5 18.9 12.0 23.6 60.0 1,159 14,778
住田町 77.6 15.1 9.6 16.6 65.9 2,478 5,712
旧三陸町 91.7 20.5 13.5 14.7 64.3 1,279 8,250

資料:12年度決算カード

 

経常収支比率 財政構造の弾力性を判断する比率で、一般的には町村では70%~75%、都市では75%~80%が概ね適正な水準とされており、これを超える団体の財政の構造は弾力性を失いつつあるとされている。
公債費比率 地方債元利償還金に充当した一般財源が標準財政規模の何%になっているかを示すものであり、この比率は低い方が望ましく、財政構造の健全性をおびやかさない限度は通常10%前後とされ、15%を超えると黄信号、20%以上は赤信号といわれている。
起債制限比率 地方債の許可制限に係る指標として示すものであり、20%以上の団体に対して地方債の許可が制限される。
自主財源比率 市町村が自らその権限を行使して調達することのできる財源(自主財源)が歳入総額の何%であるかを示し、この比率が高ければ高いほど歳入構成が安定的であることを表している。
一般財源比率 財源の使途が特定されず、どのような経費にも使用することができるものを一般財源という。この比率が高くなるほど歳入構成が安定的であることを示す。

 

第10表  管内公有林面積(単位:ha、m3
 総数針葉樹広葉樹無立木地
面積蓄積面積蓄積面積蓄積面積
大船渡市 548 93,562 202 57,704 331 35,858 15
陸前高田市 1,862 347,615 918 220,744 775 126,871 169
住田町 7,880 1,226,069 3,692 762,103 3,968 463,966 220
旧三陸町 3,623 707,126 1,411 393,699 2,061 313,427 151

資料:12年度岩手県林業動向年報

 

(6)その他考察事項

ア 時間距離

○ 現在、町内の移動時間は一番遠い所で役場から車で片道30分~40分以内となっているが、(仮称)気仙市となった場合は広大な面積規模となり、片道1時間以上要するものであり、地域間の距離が開き住民との意思疎通が欠けるものと考えられる。

イ 昭和の大合併後の結果

○ 気仙郡は、昭和の大合併以前は6町16村あったが、大合併後は2市2町となり、県内においても、全国的に見ても十分に合併対応を行ってきているところである。

ウ 地形的な独立性

○ 住田地域は、気仙川の上中流域に位置し、他の市町村とは峠で仕切られ、他の市町村とは一体性のない地理的条件にあり、独立した地形となっている。
(白石峠、荷沢峠、赤羽根峠、六郎峠、箱根峠)

エ 面積

○ 日本の国土約37万Km2のうち住田町は330Km2であり、約1000分の1を占めている。

○ これは、国の行革大綱で示された自治体数1000という考え方について、当町は既に面積では、ほぼその条件を満たしていることを示している。

 

(7)中間素案発表以降(平成14年10月以降)の新しい流れに対する考え方

ア 西尾私案

○ 平成14年11月1日地方 制度調査会の西尾勝副会長が「今後の基礎的自治体のあり方について(私案)」を発表した。
○ この私案(以下「西尾私案」という。)では、合併特例法期限(平成17年3月)以降の市町村合併推進に関する考え方や強力な推進方法、それでもなお合併しない一定規模以下の小規模自治体の取扱いについて述べているが、その内容(概要については資料p51参照)をめぐって大きな議論が起きている。
○ 当委員会としてもその内容について議論したところであり、以下、西尾私案に対する当委員会としての疑問点(対抗視点)や評価点を示す。

【疑問点・対抗視点】

(1) 西尾私案においては、全ての自治体が「市」並みの事務を処理し権限を行使することを目指し、一定人口規模未満の自治体の解消を目標とするとしているが、現行の「町村」の地域特性を活かした施策や特色のある自治のシステムに対する評価(特に住民からの評価)が十分に行われてきていない中にあって、一方的にこのような方向を打ち出すのはいかがなものか。全国的にみても「町村」が「市」に比較して劣った行政を行っているとは考えられず、無論、当町の行政や住民の満足度(評価)も近隣の「市」に劣るものではないと考えている。
(2) また、我が国は平野が少ない複雑な地形、多様な気候の中、散在する都市的な「市」と面積的に太宗を占める農村漁村的な「町村」が相互に補完しあいながら国土を支えてきた。規模・人口・産業構造・文化の異なる様々な基礎的自治体があることの方が自然であり、その中で住民の視点に立ち地域の特性を活かした多様な施策が展開されていくべきである。効率のみを強調し農村漁村を「市」の周辺部に追いやることは、都市に偏ったいびつな国土構造・文化構造となる危険性が高い。
(3) 西尾私案においては、合併特例法期限後の一定期間も合併を強力に推進し、それでもなお合併しない小規模自治体には、「事務配分特例方式」や「内部団体移行方式」で対応し、現行の自治体のままでの存続は認めていないが、これまで50年近く自治を発展させてきた町村の実績や住民の意向を考慮に入れない半強制的な合併推進(自治体数削減)の手法は、いかなる理由があれ認められるものではない。なお、最終的には現行の合併特例法に代わる法律により市町村合併推進の新たな枠組みが示されることになろうが、現行の合併特例法の基本原則である「自主的な合併」(第1条)の看板を降ろした強制的な合併推進であれば、憲法第92条の「地方自治の本旨」に反する疑いがある。
(4) 西尾私案においては、上述「事務配分特例方式」で法令上義務づけられた事務の一部を県や近隣自治体が処理することとしているが、市町村・都道府県・国の住民に対する役割を再点検・整理することなく現在処理していない事務を県や近隣市が代わりに処理することは、人員配置などの行政組織的にも、自治の本質からみても非現実的である。
(5) 西尾私案においては、「森林の水源かん養機能や食糧自給の機能等の重要な役割を果たしている中山間地域を、小規模自治体は単独で担うことは現実的ではない」旨の考え方が示されているが、中山間地域の森林や農地が守られているのは、農林水産物輸入自由化の厳しい状況下で低所得の中でも代々の土地を維持していこうという中山間の地域住民の土地・地域への愛着心に相当依存していることを指摘せざるを得ない。現場を熟知し、身近な問題として農地や森林を捉えている地元住民・地元集落があり、その状況に精通する地元自治体のきめ細かな支援があってこそ中山間地域の農地・森林は維持されているものであり、効率性に重点を置く都道府県や都市が簡単にこのような役割を果たせるとは考えにくい。

【評価点とそれを基にした逆発信への方向】

(1) 合併問題に関しては住民への情報提供ということがよく言われるが、これまでの情報提供で欠け落ちていたのが「合併しない場合のその後の姿」である。西尾私案においてこの「合併しない場合のその後の姿」の案を示したことは、住民との議論の材料として極めて有効であり、この点において西尾私案は評価されるべきである。しかしながら、合併後の一定時期の合併団体に対する合併特例債などの支援内容だけがことさら強調される中、地域住民が本当に知る必要がある合併後安定期(合併後20年程度の交付税措置も含めた特例切れの状況)に置ける合併団体及び合併しなかった団体の財政状況予測については依然として不明確であり、今後、国や県が説明責任を果たしていくべきである旨、逆発信していく必要がある。
(2) 西尾私案の事務配分特例方式においては、法令による義務づけのない自治事務及び窓口サービス業務などの法令で義務づけられた事務の一部を処理し、その他の事務については都道府県が処理(垂直補完)することが示されている。町村の事務は、実質的な論議が不十分なまま「地方分権」、「基礎的自治体の権限強化」、「住民に近い事務は住民に最も身近な市町村で」といった耳障りのよい文言を背景に人員や財源の移譲もなく肥大化してきている傾向にある。このような中、市町村が現に行っている事務処理権限の主体を今一度再構築しようとする西尾私案は、その点では一定の評価を与えるべきである。果たして町村は現在の権限(=事務・仕事)を町村の仕事として適当なものと考えているのだろうか。旧機関委任事務の流れなどにより仕方なく行っているものもあるのではないか。別添資料(資料p54参照)の例とおり当町の町づくりや独自の住民サービスに大きな影響のない事務や町の特徴や企画が活かされない事務など権限を見直すべき事務も相当数あるものと考えているところである。この際、全ての町村において、人員・財源の委譲の問題とともにこの西尾私案の事務配分特例方式をめぐる様々な議論を市町村・都道府県・国がそれぞれ本来行うべき事務の性格・内容は何かという根本的な議論へと深め、基礎的自治体として本来担うべき役割(事務)と本来的ではなく行っている事務を整理し、現場の声として逆発信していく契機として捉えるべきである。

 

イ 遠野市広域行政研究会報告書

○ 平成14年12月には、遠野市の庁内研究会(収入役以下委員13名)である「遠野市広域行政研究会」が市町村合併のパターンを主たる内容とした報告書を取りまとめ遠野市長に提出した。その綿密な資料収集・分析と研究成果には敬意を表するものである。
○ この報告書では、望むべき合併モデル案として最終的に3つが示されたが、その第1順位が当町を含む「遠野市・宮守村・釜石市・大槌町・住田町・川井村」の6市町村の広域合併である。(以下「遠野案」という。概要については資料p52参照)
○ 当委員会としてもその内容について議論したところであり、以下、遠野案に対する当委員会としての見解を示す。

(1) 遠野市案は、財政分析を基に合併モデル案を3つ示しているが、その最も優良な結果のモデル案の第1順位が6市町村の広域合併と位置づけている。人口においても、地方交付税の算定基礎となる10万人都市の実現が可能としている。しかしながら、人口は10万人を超えるが、面積はほぼ神奈川県に匹敵する膨大なものとなる。さらに、地形的には平地が少なく、大半が山林で、それぞれの地域(旧市町村)は峠で仕切られ一体性のない地理的条件となっている。また、例えば当町と川井村の住民の交流がほとんどない状況で果たして「目の届く」・「手が届く」・「顔が見える」豊かな町づくりが可能であろうか。生活の中での交流が図られてこそ地域の一体化ができるものであり、人口と財政的な面を重視した考え方によって当町の理念としているきめ細かい行政対応を基本とした地域づくりができるのか疑問を抱かざるを得ない。)
(2) 遠野市で実施した市町村合併等に関する住民意識アンケート調査結果によると、合併をすべきと回答した方の90%が宮守村を対象市町村として考えているのに対し、住田町は22%となっており、ほぼ同率で釜石市20%、東和町20%、花巻市20%が続いてる。この結果で見られるように遠野市と宮守村は「遠野郷」として歴史と文化を共有してきており、古くからつながりが深い地域である旨遠野住民の大半が認識している。一方、当町とは峠を境とした地形的な隔たりや旧南部藩と旧伊達藩の気質の違いなどがあってか歴史的な一体感が薄い。一方で、赤羽根トンネルが開通以来、平成10年岩手県広域消費購買動向調査をみても、有住地区住民を中心に約3割の方が買物している状況であり、広域的な交流人口は拡大していると考えられる。しかしながら当町の中心地区である世田米地区とのつながりは弱く住田町全体の交流には至っていない。このことから、住民意識と交流状況が低い市町村が合併する自体、疑問を抱かざるを得ない。)
(3) 遠野市案において期待される効果として、基幹産業として農林業・水産業の体系化が可能、第2次産業及び第3次産業の振興の展望、フルセット型産業構造の育成による就業者人口の維持・拡大、市民所得の向上が示されている。また、遠野市が展望するグリーンツーリズムと海を活用したブルーツーリズムを基調として広域的視点に立った交流人口の拡大が可能としているが、フルセット型産業構造は当町の理念としている「農林業」・「自然との共生」を基軸とした地域づくりを基本とした場合、住田地域の特性・意志・計画が担保されないおそれがある。一方で、遠野市が展望するグリーンツーリズムなどを組み入れた地域づくりは、当町が進めている農林業を中心とした地域づくりと類似しており、共感できるものである。このような面において住田地域の特性や企画を担保されるのであれば、遠野市とは合併という形とは別に広域的な連携を図っていくことが重要であると考えられる。

 

2 自立・持続への条件

○ 前節では、第1章の今後の住田地域の「地域づくりの理念」を体現していくための「手段としての合併」が今のところ適当ではない旨を、現在繰り広げられている合併推進への「対抗視点」という形で表し、住田地域としては、当面単独町として自立・持続していくべきであるとしているところである。
○ しかし、極めて厳しい財政状況、大きな時代の転換期、多様化する住民ニーズへの対応など大きな課題が山積する中、これまで通りの町行政の運営・地域づくりの方法に安住しているようでは、町の自立・持続は自ら瓦解への道へと歩み始めるであろう。
○ それだけ自立・持続していくということは厳しいことであり、ここでは、そのための4つの条件を、以下のとおり設定した。
○ この4つの条件「全て」が克服されて初めて自立・持続が可能となると考えられる。

 

(1)町民の協働・参画

○ 町が目指している行政のあり方は、第1章第1節に示したとおり「住民と行政が一体となった地域づくり」や「きめ細かい行政対応を基本とした地域づくり」の基礎となる行政運営である。
○ このためには無論、行政側からの働きかけが必要であるが、何よりも住民の積極的な協働・参画が必要となる。
○ 住民ニーズが多様化し行政肥大化の傾向にある中、財政状況は極めて厳しく、今後の施策展開においては、「あれも、これも」ではなく「あれか、これか」という住民の痛みや我慢を前提とした選択が必要となってくるが、住民が政策決定過程や実施後評価段階に参加することにより、その選択の妥当性・的確性が高いものとなり、結果として住民の満足度の高い施策の展開につながるものである。
○ また、住民・行政ともに「横の視点」を活用し、多数のアンテナを張っていることを前提とした「きめ細かい行政対応」のためには、地域や住民の協働による補完的な役割が不可欠であり、それが住民の活力(=住田の底力)や都市型専門行政に対抗する住田町の農山村型総合行政の根源となるものである。
○ 以上のように、これからの当町の行政運営にとって、住民の協働・参画は欠かすことのできないものである。一方で行政側としては、事業や計画に限らず住民が様々な場面で協働・参画するシステムを増やしていく必要がある。
○ そのシステムの構築に当たっても、十分住民の意見を聴きながら、より住民満足度や効果が高い方法になるように行政側から働きかける必要がある。
○ なお、中間素案発表後の地区懇談会等において、いわゆる「痛み・我慢・協働・参画」の具体的な内容についての質問が多く出たことから、別紙資料(p53)のとおり、その形態例を取りまとめた。

 

(2)役場職員の意識転換・能力向上

○ 町のこれから進むべき方向やそれを具体化する施策等の選択は、最終的には住民の総意に基づくものであるが、発案等その過程で極めて重要な役割を担っているのが役場職員であり、町税をはじめとする町民全体の財産の中からその収入を得て生業としていることからもその責任は極めて重い。
○ 特に、地方分権が推進され自治体の職員には「自ら考え、自らの責任で、自ら創造的に行う」ことが何よりも必要となってきている。
○ このような中、役場職員にまずもって必要なのは、意識の改革である。
○ 前述したとおり「町税からその収入を得て生業としている」という町民を背景とした「プロ意識」を徹底する必要がある。「プロ」には「いい加減な仕事」や「曖昧な仕事」は許されない。常に自己管理を徹底し、前向きに仕事をしていくことが必要である。
○ 「国や県の指示を待つ」、「国や県の言うとおりやっていればよい」といった、分権前のいわゆる「下請け」意識を捨て、「住田の地域特性を活かすためには」、「住田の住民に取ってどれがベストか」といった地域を主体とした自立的な考え方を身につけ、時には現場からの意見として国や県に施策を提案していくといった姿勢も必要である。
○ また、前例踏襲に安住せず、常に前年度、前回の反省を踏まえながら、創意工夫を重ねていく意識が必要である。
○ 意識を改革する一方で、職員に要求されるのは能力開発である。これからの住田町を担っていく職員には、現状を捉える能力、情報を収集し分析する能力、収集した情報と町の特性を踏まえて事業・システム・計画等を企画する能力、運営組織をコーディネート(組み立て)するなど事業を推進する能力、事業の実施を踏まえ更に発展させていくフォローアップ(補足改善)の能力など、幅広い能力が備わっていることが必要である。
○ このため、職員採用に当たっては幅広い角度から人材を求めるとともに、上記の能力を向上させられるような研修体系やOJT(職場内訓練)により職員の能力を徹底して高めていく必要がある。
○ また、年功にとらわれない能力主義の人事評価を行うとともに、組織や個人の目標の管理を徹底していく必要がある。
○ 職員自身も現在の職務に関係あるなしに関わらず、幅広い自己啓発により自己の能力を高めていく必要がある。
○ また、あらゆる場面で町内全体や町内各地区の状況を捉えられるよう、地域住民としても積極的に取り組んでいくことが望まれる。
○ 以上のような意識転換、能力開発を行うことにより、都市型の専門職員ではなく、この住田地域に関しては「横の視点」と「様々な能力・経験」を持つ地域対応総合力の高い職員を育てていくことが必要である。

 

(3)行財政運営の効率化・健全化

○ 財政問題が旧三陸町の編入合併の大きな原因の1つになったように、現在、自治体の財政を取り巻く環境は極めて厳しい。
○ 第2章において、現在の当町の財政状況は比較的健全で「当面は持続可能」と判断したところであるが、地方交付税の削減傾向の中、さらに一層厳しさが増してくることに間違いはない。
○ このため、「あれも、これも」といった事業展開ではなく、「あれか、これか」という事業厳選が必要となってくる。
○ その際には、その事業に対しての住民や地区の協力度合や投資効果などを十分に勘案して選択していかなければならない。
○ 特に、既存の事業には既得権があるものではなく、新年度の予算編成においては常にオールスクラップ(全事業の廃止)の状況から改めて必要性を突き詰めるとともに、1ビルド2スクラップ(1事業を行うため2事業を廃止する)の精神で事業の選択と集中を行う必要がある。
○ また、対象者が限られる事業については応分の負担を前提とすることも、これまで以上に必要となってくる。
○ 加えて、全てを行政が行うというのではなく、アウトソーシング(外部委託)を徹底するとともに、地域住民やボランティアの協働があればより効果的に展開できるものについては、協働システムを積極的に構築していく必要がある。
○ 財源についても、過疎対策事業債や県代行制度など過疎地域である特典を十分活用するとともに、農山村に有利な補助制度を利用するなど、町経費の削減に一層努力していく必要がある。
○ 一方で、限られた職員をより効果的に活用していく必要がある。
○ 職員採用については、正職員を1人採用すれば数億円の経費が必要となるという事実を直視し、今後の町の行政需要動向等を踏まえ、定員管理を徹底するなど慎重に対応していく必要がある。
○ 組織については、時代の潮流が激しく変化する中、それに的確に対応できるよう常に改革・見直しを念頭に置き、硬直化することのないよう十分留意する必要がある。

 

(4)広域対応の推進

○ 第2章において、今後の住田の地域づくりの理念を体現するためには、当面は合併という手段を取らず、町として自立・持続していくべきであるとしたところであるが、これは、合併することにより住田の地域づくりの理念を具体化していくための地域づくり手法や事業・システム構築の企画等について住田地域の特性や意志が十分生かされない恐れが高いことにその主要因がある。
○ しかしながら、これまでもし尿・ごみ処理、消防、介護認定などについては、一部事務組合や広域連合により近隣市町と連携して効率的な行政対応してきたところであり、今後も住田地域の企画や意志が担保される形であれば、あるいは企画や意志とは直接関係のない事務執行の部分について、主に次の3つの類型については、広域対応等を積極的に行い、効果的な地域経営を行っていく必要がある。

 

(1)大規模効率型 自治体の特性や企画が入り込む余地が少ない定型的な事務については、スケールメリットを活用すべく他の自治体と連携を図るべきである。(例:ごみ・し尿処理等)
(2)小規模不効率型 必要な専門的事務であるが、1自治体内の対象が少数であるなど、1自治体で専門職を置くのは不効率である場合については、複数の自治体で専門職を共同設置をするなどした方が効率的である。(例:国際交流員、理学療法士)
(3)大規模施設型 1自治体で設置するには建設・維持費用や人員配置等で相当の負担となるような施設については、複数の自治体で共同して設置した方が効率的である。(例:大規模総合運動公園)

 

○ また、全県一括の方が事務の効率が高いものは、広域行政の主体である県の事務とするよう提案すべきであり、さらに今後は、近隣市町村に限定されない例えば当町と形態や状況が似かよっている中山間の町村との「飛び地連携」や共同での県や公益法人への委託など、幅広い連携対応のパターンを視野に入れながら検討していく必要がある。
○ 以上のように、合併は選択しないものの、今後とも「自立・持続」の基礎となる効率的地域経営のためには、地域づくりの理念に沿った住田の企画や意志を担保しながらも、合併とは違った形での様々な連携を積極的に仕掛けていくことが必要である。