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史跡・名勝2

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12.五葉山と火縄銃鉄砲隊
(ごようざんとひなわじゅうてっぽうたい)
火縄銃鉄砲隊五葉山は伊達藩直轄の「御用山」として手厚い保護下にあり、ここから産出するヒノキの皮は火縄の原料となった。火縄を生産した桧山集落には特別に藩から鉄砲が貸し与えられており、自衛の鉄砲隊が組織されていた。
13.八日町旧宿場町(ようかまちきゅうしゅくばまち)
宿場町の眺め元亀年間(一五七〇年頃)から人家が集落をなしており、八幡神社から上流に発展していった。上有住城の城下町で、南部領との境にあり、軍事的にも重要な町だった。徳川時代は、南部と海岸を結ぶ産物の交換地として栄えた。


14.世田米倉並(せたまいくらなみ)
倉並み伊達藩百ニ十余の宿場町の中でも世田米は盛街道の主要な駅として大変賑わった。世田米は火災の多いことでも有名で、火災や出入りが激しい他国人から財産を守るために立てたと思われる素晴らしい土蔵群が町の裏手にある。
15.滝観洞(ろうかんどう)
滝観洞内滝入口から奥まで約800㍍、周囲の岸壁が大理石に似た石灰石が続いていたので「大理石で豪華な自然の宮殿」といわれた。奥の突き当たりには「天の岩戸の滝」と呼ばれる滝坪があり、落差29㍍と洞内にある滝では日本一。 〔詳細


16.気仙川(けせんがわ)
清流気仙川上有住の高清水山に源を発し、広田湾に注ぐ延長47㌔の河川。かつては「五葉川」「有住川」などいろいろに呼ばれた。岩手の清流を代表する川で、アユ、ヤマメ、イワナなど、魚類の宝庫として有名。3~10月まで釣人で賑わう。〔詳細
17.名勝 環川(めいしょう たまきがわ
環川種山ヶ原から流れる川と木地山小牧倉から集めて流れ出る川が落合で合流し、激しい流れとなる。深い谷底をえぐり、しぶきを上げて岩に突き当たる渓流美は圧巻。宝暦年間に書かれた「気仙風土草」にも出てくる昔からの名勝。


18.栗木鉄山跡(くりきてつざんあと)
栗木鉄山跡伊達藩士の三浦乾也が藩の命で築いた藩直営の洋式高炉。明治時代は官営となって南部鉄器の原料を水沢羽田に運んだ。大正11年の閉山まで約1世紀、高炉の火は燃え続けた。
19.向堂観音(むかいどうかんのん)
向堂観音古記には「塔ノ観音」とある御堂で、気仙三十三観音第十三番札所。本尊は十一面観音坐像で、33年に一度のご開帳という秘仏。古来より病気全快祈願のため遠来からの参拝者も多く、安全祈願の守護仏とも伝えられる。


20.愛宕さま(あたごさま)
愛宕さま総本社は京都嵯峨の愛宕山にあり、火災から京の都を守護している。旧世田米町屋敷は数度の火災に見舞われたことから、この地に愛宕神社を建立した。鎮火・防水の神として参拝も多い。毎年正月に「どんと焼き」が行われる。
21.石祐神社(いしすけじんじゃ)
石祐神社伊達藩時代の世田米村の村社。延暦年間、蝦夷の東征に来た坂上田村麻呂は「神の助けで蝦夷を討つことができた」と山上に明神を勧進し、弓矢を奉納したと伝わる。お社の中には珍しい鉄製のわらじが奉納されている。


22.外舘城と萬福寺(とだてじょうとまんぷくじ)
外舘城跡外舘城は応永年間、葛西氏の臣・紺野美作守、または紺野右近の居城といわれ、当時としては優れた技法で築城されている。城跡の中段に天正元年開創の金昌山萬福寺がある。明治元年に火災に遭い、昭和3年に本堂が再建された。
 


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